主に研究室の学生さん向けに,学内・学外向けを問わず,発表を行うときに気をつけるべきことをまとめました.なお,ここではパソコンとスライドを使った研究発表をする場合を想定し,スライドの作成方法を中心に書いています.輪読などで黒板・ホワイトボードのみを使ったセミナーを行う場合は,また別の注意が必要です.
なお,「良い発表」はプレゼンテーションの内容や目的,研究分野とその文化などによって異なります.ここでは,谷口の研究分野(数理工学・応用数学など)で研究発表をする場合を想定して書いています.
なぜ発表の準備が重要なのか?
研究をするということは,人類が共有している知識としての学問を発展させるということだと思います.ですから,どんなに良い研究成果であっても,他人に伝えなくては成果を挙げたことにはなりません. 他の人に研究成果を伝えるための手段は,口頭発表と論文です.つまり「他の人に伝わった,社会の中で結果として残る研究成果」は「自分が達成したつもりの研究成果」を「口頭発表と論文の出来」でフィルターしたものになります.実際,
(他の人に伝わった研究成果)=(自分が達成したつもりの研究成果)×(口頭発表や論文の出来)
のようにプレゼンテーションの出来は掛け算のように効いてくると思っておいたほうが良いと思います. 特に,プレゼンテーションで大失敗をして(プレゼンテーションの出来)=0となってしまえば,他の人には何も伝わりませんから,どんなに素晴らしい研究成果であっても評価は0です. ですから,発表の準備をしっかりする,ということは,日頃から勉強・研究をしっかりする,ということと同じくらい重要です.
発表の準備の前に
発表は「自分が知っていることを教えてあげるもの」ではなく,「他の人に時間を割いて聞いていただくもの」です.ですから最低限のマナーがあります.あまりにも当り前ですが
などです.
- 発表時間を守る
- スライドを作る際に手抜きしない(誤字脱字・レイアウトに十分注意する)
- 真面目にやる
特に時間を守るというのは非常に大事です.自分の発表が時間を超過してしまった場合,もしかすると他の人の発表時間を短縮しなくてはいけないかもしれません.逆に,他人の発表が長引いたために自分の発表時間が短くなってしまったら大変でしょう.
スライドの構成
PowerPoint などのプレゼンテーションソフトを用いた場合,一般的なスライドの構成はといったものが多いです.ただし,必ずしもこのようにする必要はありません.例えば,発表の前に簡単なデモを行っておくと,問題のイメージが掴みやすくなります.デモが素晴らしければ,聴衆の興味を引くはずですし,印象にも残るはずです.
- タイトル
- 概要
- 目次
- (具体的な内容)
- 実験結果とそれに対する考察,デモなど
- まとめと今後の課題
スライドの作り方
最も重要なことは
スライドを作る際,発表しているときの様子を詳細にイメージしながら作る
ということです.具体的には(少なくとも慣れるまでは)次のような手順を踏むと良いと思います. 【手順1:発表の構成,話の流れを考える】
まず,発表全体の話の流れを良く考えます. 話の流れを考えるときには,
などに対する答えが自然に理解できるようにしてください. このとき,理解するのは発表を聞きにきてくれている人たちですから
- 何がやりたいのか,
- 何故,それをやりたいのか,
- 既存研究では何が行われているのか,
- どのようにして目的を達成するのか,
- 主要なアイデアは,一言で言うと何か,
- 確かにうまくいったのか,
- 今回の発表で完全に目標は達成できたのか,未完成な部分は無いのか,
「聴衆は誰であり,どの程度の知識を持っているのかを意識すること」が必要です.これは「どの程度の知識を持っていると仮定するのか」ということ,つまり「誰に向かって話すつもりで準備するのか」ということと同じです.これは,発表をする場面や目的に依存していて,例えば学会発表の場合:聴衆は,その分野の専門家,および,何となく興味をもって聞きにきてくれた非専門家となりますので「非専門家でも何をやったのかは分かる」が「専門家にとっては,さらに深い理解が得られる(何が本質かまで分かる)」ような発表が理想的です. ただし,あまりにも細かい内容に関する発表であり,専門家以外の興味を引かないような場合には「専門家向けに話すと割り切って,その代わり,専門家から有用なコメントをもらえるように準備する」ということも有り得ます.これは,目的によって話す内容を変える,という場合の例です.その他の例としては
研究室内のセミナーの場合:聴衆は,同じ研究室の学生・教員という場合であれば,何度も似たような話をしているでしょうから,基礎的な話は省略しても大丈夫かもしれません.一方,卒論発表など,同一研究科・専攻内のセミナーの場合:聴衆は,他の研究室の学生・教員といった場合,特に,教員だけでなく学生さんにも分かるように話す必要がある場合には,学部2年生くらいを対象として話すような気持ちで準備をすると良いと思います. もちろん,本当は,もっと知識をもっているはずですが,自分の興味がある分野以外はあまり覚えていないことも多いでしょう. 【手順2:各スライドの作成】
話の流れができてきたらスライドを作り始めます.慣れるまでは,各スライド1枚1枚について
という手順を踏むと良いと思います. ポイントは「4の前に3をやること」です.スライドは説明を助けるものなので,話す内容が定まっていないうちはスライドを作ることはできません.実際は,作っているうちに話したい内容が変わってくるのが普通ですので,3と4は並行して行うことが多いです.ですが,まず3から始めます.
- そのスライドで何を説明するべきかを考える.
- それを端的に表す言葉を探し,それをスライドのタイトルにする.
- そのスライドで何を話すのか,原稿を作って書いてみる.
- その原稿通りに説明するためには,何がスライドに書いてあるべきかを考え,それをスライドに載せる.
さらに,作っているうちに話の流れが変わることもよくあります.このときは,一度,全てを忘れて,手順1に戻って,初めから作り直します.
【手順3:全体の見直し】ここまでの手順で
説明するのに十分な情報が入ったスライドができると思います.最後に,それを発表時間内で説明できるように,必要最小限の分量に情報を減らすという作業が必要です.そのためには実際に発表練習をしてみて,何分かかるのか確かめてみることが必要です.また,その結果次第ではもっと短い時間で話すために,話の流れを変え,大幅に作り直す必要が出てくるかもしれません. このときは,根本から話が変わっているのですから,いまのスライドを元にしてもうまく作れるはずがありません.ですから,手順1に戻って作り直します.大幅な変更の必要がなさそうでしたら,同時にスライドを見やすくする工夫もします.このときには,言葉の一言一言まで,全部,徹底的に見直します.例えば
などを考えます.ただし,このあたりは「最後の仕上げ」ですので,準備時間がどれだけ残っているかにもよります.
- 文字は小さすぎないか,
- 無駄な接続詞はないか,
- 体言止めにして文字数を減らせないか,
- 改行箇所を変えることで文章を読みやすくできないか,
- フォント(明朝よりはゴシックのほうが見やすい)や配色は適切か(部屋が明るすぎる・暗すぎる場合にもちゃんと見えるか),
その他の注意
最後に,その他,気をつけると良いことを列挙しておきます.特に重要だと思う部分を太字にしてあります.
- プレゼンテーションソフトのデフォルトスライド(大抵の場合,箇条書き)を使わない.これを使うと,意味もなく箇条書きにしたくなるため.
- 一つしか項目がないときには箇条書きにしない.
- 箇条書きを使う場合には,無関係な項目を並列に並べない(箇条書きは,行頭に記号がついているだけの普通の行,ではなく情報を並べて整理・比較するためのもの).
- 文章を書かない(体言止めにする).
- 文字は大きめにする(最低で 20 ポイントが目安).
- デザインは,派手なものを使わない.デザインにこだわるのは,内容が完成してから.
- 背景は白っぽいものを利用する.
- アニメーションを使いすぎない.使うことが推奨されるのは,例えば,次のような場合です:
- アルゴリズムの説明など「動く」ことによって分かりやすくなる場合,
- 何かを強調したい場合.
- 図・数式を入れる際には,縦横比を変更しない(サイズは変更しても良い).
- グラフを入れる際には,メモリが読めるようにする.
- フッター(日付・スライド番号などの情報をスライドの下部の欄)を入れる.聴衆から見るとスライドの下部には「他の人の頭」が並び,一番下の部分は読めません.ですから,フッターのような,読めなくても良い情報であらかじめ埋めておき,スライドを用意する際,自分が書き込めないようにしておくと良いです.